2025年10月12日日曜日

連日新宿泡と中抜け

出かけ三昧で体調を崩してここ数日は休養。

9月末に義父の訃報を聞いた千葉ポートパークの疲れが(シャボン玉屋台の手伝いがハードだった)取れないまま月曜日1日置いて火曜日通夜葬儀のために帰省。

木曜帰宅して金曜1日置いて土日連チャンで新宿のダイバーシティイベントへ。

ついていかなくてもいいのだが、車の行き来が心配でついていく。

土曜、朝早く出て8時半には都庁の駐車場。荷物を引いて

新宿中央公園へ。

このイベントはミール券が出るので、それをもらって引き換えておく。家人の昼に。

その後私は中抜け。新橋のとっとりおかやま館へ。

ちょと買い損ねたものがあって。

このデザインはうまいなぁ。

どこかでお昼を、とも思ったけど、高くて混んでいそうだからなんと岡山のパンを買って新宿の公園に戻って食べる。

しばらくぼんやり。また付近を歩いて15時から開く十二社の謎の古民家ギャラリー「ハイデ」へ。

オーナー在廊。少し話した。名刺と富士塚置いていく。

この日は少し雨に降られた。

帰りカートのハンドルが壊れてしまった。紐で引っ張っていく。


日曜、新宿二日目。家から車で出発したのだが、なんかお腹が~~~。

海浜幕張で降ろしてもらって、あとから電車で新宿へ。


いろいろまわるので海浜幕張から西船橋へ。地下鉄24時間券を購入。

西新宿で降りて、成子富士に寄る。一人だし前に来てるし登らず。


9時半くらいに公園着。集合写真などちょうど撮影できた。

小田急のブースでいろいろもらう(里のチビのため)。池に亀がたくさん。

またミール券引き換えて、すぐに公園から移動。




西新宿〜中野富士見町。

漫画wで読んで来てみたかった善福寺川と神田川の合流地点。

欄干のモニュメントが面白。

ありました合流!

方南町まで歩いて~丸の内線(何かあったらしくめちゃ混み)~国会議事堂前~千代田線~綾瀬。

金町まで用事あっていくのだが北綾瀬行きが来てしまったから、綾瀬で降りた。

なぜならば金町の待ち合わせには時間がまだあって、ここに富士塚がある。

柵はないが登ってはいけない札が。小さめだが合目石あり。立派。

撮影して満足。

気温はだいぶマシなんだが蒸し暑い。駅に戻って常磐線で金町。24時間券で綾瀬まではチケット内。

だいぶ黒字。


金町南口で猫世話してくれた友人と会う。友人は猫親戚なのでお正月などに会う。

鍵の受け渡しとお礼を。

で、女子会風ランチ。私はこういうの最近縁がなかった久しぶり。

秋刀魚のペペロンチーノ、りんごのピザ、他にも。イタリアン~。

たっぷし食べて~鍵の受け取りをしないで帰ってしまった!

四十九日があるから、その時まで用心して持っていてもらうことにする。

また西新宿へ。家人はもう片付け終わって駐車場に。都庁で待ち合わせ。

帰路。流石に高速を使う。前日の往復とこの日の行きは下道。


週明けて月曜、午前中いろんな荷物や郵便がまとめて着(そのように手配した)

家人は会社に出勤。しかし午前中で退けて夕方から近くのリゾート村でシャボン玉。タフだ〜。

私はくたびれすぎてて夜食を作って待って、出したら寝る。


通夜葬儀~前後のシャボン玉手伝いと中抜けの外出で家でやることもたまってて。筋肉痛やらもあるし。当分でかけないことにする。

とその通りにしている。さすがに年なのかもう無理はできない。

わかっててもスケジュールが詰め込みすぎ。


世相/自民、高市早苗新総裁/ノーベル生理学・医学賞、坂口氏/化学賞、北川氏

なぜ理系のノーベル賞に日本人が多く選ばれるかという記事を前に読んだ。

「自国語で理科や数学を学べる」環境が背景にある、と。

よその国ではまず言語の壁があるらしい。自国語で、というのは恵まれている、と記されてた。

2025年10月10日金曜日

いろんなこぼれ話&写真

出来事が多くてこぼれてしまったこと。いろんなことを記録しておかないと忘れるから。

とらねこパン、猫はジンジャー。もったいなくも10thTシャツをいただいた。かわいい~。


紅茶と焼き菓子の美味しいお店のお庭で。アマガエル。

いつもこのハイビスカスの葉にいるって。

シャボン玉する隣町の公園の脇の道で。

そういえばどんぐりって落ちてるのしか見てないな。

これは朝っぽいけど一人の夕飯。バランスなどこれくらいでよし。パンは半分でいい。多かった。

パンを焼きました。二回くらい。まあまあな出来(当社比)

カラスが二匹。ゴミ出しの時かな。

合物のシーツを買う。前のは破れて捨てた。無地がよかったがこれが安価で。


黄色い彼岸花今年は見られた。農家食堂。

秋刀魚食べた。すごーくうまい。焼くのは大変。大根おろしも。梨もあって秋な食卓。

平井の友人からもらったジャムは緑のプルーンなんですと。珍しい。美味しかったごちそうさま〜。

この夏は比較的暖かい素麺作った。在庫~買って残らないとは。素麺って残りがちだから。


御座候に入ってる紙。こういうのが好き。これに出てくるお義父さんとは違うけどなんというか静かな優しさのある義父だった。

義父が空へ逝った日のシャボン玉。この画像の方が前に出したのよりよかった。これからはより義父を想ってとばします。

散歩コースの銀木犀が咲いた。庭の金木犀が香ると思ったら咲き始めてた。

2025年10月8日水曜日

通夜葬儀火葬

私の実父は35年前に亡くなっているのでその後私にとってのお父さんは家人のお父さんでした。

遠い道のりをのんきに駅弁などを食べて帰省。

二人で喪服姿で。慣れない靴を履いて。


通夜や葬儀の手配も義妹がしてくれた。申し訳ない。

喪主は家人。立派に挨拶などをつとめた。

家人は本業副業ともに忙しく、着いて通夜までにリモートワークス。


お通夜。ひ孫らもちゃんと拝んで。

家人の親戚(叔父叔母いとこなど)にも久しぶりに会う。


前の晩にアルバムから数点写真を撮っておいたので見せる。

若い時の両親叔父叔母家人と義妹、猫など

夕飯は持ち帰り握り寿司、美味しかったが写真撮らず。

翌朝、家で朝ごはん後、午前中に葬儀~火葬。


今時の火葬はエレベーターのような入り口で釜がすぐにあるわけではなく。スマート。

私の両親の時は鉄の持ち手に鉄の扉を開けたらモロに釜で火がゴウゴウと燃えててそこに棺を突っ込んで、と記憶しています。これは流石にショックで泣きました。

そういう施設だったからなんですかね。いきなり釜。

でも義父の時はこのショックはなかった。ですがお骨拾いも嘘のようで「この骨、義父の?どっかから持ってきたんではないか?」と。

遺体を見て、骨も見ててもまだ信じられません。

2週間くらい前まで元気だった。私たちが8月末にお見舞い行った時も。

でも亡くなったんだ。余命は本当だった。信じてなかったけど。

お昼は振る舞いの巻き寿司。

夜は家人のおごりで義母義妹夫婦私たちでぶっかけうどん(みんなが好き)。

ご飯の前に地域の掲示板に訃報を貼る。


翌朝ごはん、のこりの巻き寿司。

午前中の新幹線で東へどんどん。私たちはこんなに離れているのでますます父がいないことが嘘のよう。

しかし義母や義妹らは、、、。

「もう病院にいかなくてもいいんじゃな、、、。」って。

義母は毎日、義妹らは1日おきくらいに通ってた。

ひ孫が「きょう大じいじんとこいかなくていいの~?」とか言ったら泣く。

ひ孫のプラレール部屋(和室)に斎壇がある。

リビングから見える庭にいつもあった軽トラはもうない。前に免許返納したので。

いつも座ってた椅子に義父の姿はもうない。